よなごらいふ

日々読んだ本。日本史・世界史。潰瘍性大腸炎。

手段が目的になっている人がいます。(ここに)

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以前はてなブックマークで、子どもは手段が目的になるときがあると書いてあった記事を、読んだ記憶があります。

子どもがはさみで紙を切って何かをつくるときに、もう切ること自体が楽しくて、何かを作るためでなく、切りたいから切っている。

切るという手段が、目的になる。

そんな記事だったような気がします。

 

手段と目的

ものを減らす行為はそうなってしまうことがあります。

ものを管理し、自分にとって必要なものが分かるようになるために、ものを減らすのではなく。

ものを減らしたいから、ものを減らす。

減らすという手段が目的になる瞬間があります。

僕はそれはそれでいいと思っています。

趣味など自分が好きなことを続けていると、そんな瞬間がくる時があります。

やらざるをえない。そんな瞬間。

なにかに夢中になるということはそんなところじゃないでしょうか。

逆に言えば、本格的な趣味などは手段が目的になってからが、本当のスタートと言えるかもしれません。

 

手段が目的

私のブログもそんな感じになりつつあります。

もう少し色々考えて更新しなければならないと思いますが、とりあえず、今は勢いのまま書いていこうと考えています。(内容はもっと濃くしたいです。)

 

ゴールのためにやるのではなく、やることがすでにゴールとなる。

それでいこう。

効率?結果?

知らないです。

 

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